大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和33年(オ)341号 判決 1960年10月04日

上告人 菊地武夫

被上告人 国

代理人 浜本一夫 外一名

主文

原判決を破棄し、本件を仙台高等裁判所に差戻す。

理由

原判決の確定するところによると、上告人は本件土地および温泉使用権を陸軍傷病兵療養所のためと敷地および鉱泉として陸軍省に寄付したものであつて、右寄付は、陸軍において将来右用途を廃止した場合には無償で返還する旨の特約付で受納されたというのである。

そうであるとすれば、終戦後陸軍省の廃止に伴い本件土地等が大蔵省所管となり、昭和二三年二月二八日さらに厚生省に移管され、陸軍省廃止後は国立鳴子病院のため使用されていること原判決認定の如くなる以上、前記特約にいう陸軍の用途廃止という条件は既に成就したものと解するのが相当であつて、原審が右条件は未だ成就したものと認め難いとしたのは条件の成否につき解釈を誤つた違法があるといわなければならない。

なお、原判決は、仮に条件が成就したとしても、本件土地所有権および温泉使用権が当然上告人に復帰したものとは認め難く、しかも現に国有財産法にいう公用財産である右土地等はこれを譲与できないことはいうまでもないから、この点からしても上告人の本訴請求は失当である旨判示するけれども、本件の如き特約が存するに拘らず、国は何故に右土地等が公用財産たることを廃してこれを上告人に返還する責を負わないかにつき、何ら首肯するに足るべき理由を示さず、この点において理由不備の違法を免れない。

以上の次第であるから、論旨はいずれも結局理由あるに帰し、原判決は破棄を免れない。

よつて、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 河村又介 島保 垂水克己 高橋潔 石坂修一)

上告代理人伊藤俊郎の上告理由

第一点 上告人が昭和十二年日支事変中本件土地及び温泉使用権を傷病兵療養所敷地として被上告人(国)に寄附する際、陸軍が将来用途を廃止したときは無償でこれを上告人に返還するという条件を附け被上告人もこれを諒承したことは原判決の認定するところである。原判決は右条件の趣旨について「当時陸軍がなくなるというようなことは何人も夢想だにしなかつたところと認むべきであるから右条件は陸軍が存続することを前提とし存続する陸軍が本件土地等を不心要とするに至つた場合これを控訴人(上告人)に返還することを約したものと解すべきであるこのことは控訴人(上告人)が原審で「寄附した土地を他にやられるよりは私の方によこしてもらいたいという考えがあつたので条件をつけたのである」と供述している点からも推測することができる」と説明して、昭和二十年十二月一日勅令第六七五号で陸軍省官制が廃止されると同時に右条件は成就したという上告人の主張を排斥している。

原判決が寄附願の草稿であると認める甲第五号証(寄附願)をみると「寄附ニ就テノ条件一、陸軍傷病者療養所敷地、但シ陸軍ニ於テ用途廃止ノ場合ハ無償ヲ以テ交付ヲ受クルー」「私儀今般恤兵報国ノ趣意ヲ以テ前記土地並ニ温泉使用権ヲ陸軍傷病兵療養所設置用トシテ寄附仕度候間御採納被下度此段相願候也」とあり、これに対応する陸軍大臣の受納書(成立に争ない甲第六号証)には「右仙台陸軍病院臨時鳴子分院敷地トシテ献納ニ付受納ス」とある、右条件は果して原判決のいうように陸軍の存続することを前提として陸軍が存続する限りにおいてその陸軍が本件土地等を使わなくなつた場合にこれを上告人に返還することを約したものであろうか、当時は日支事変中でもあり陸軍の要請には一種特別の権威があつて容易にこれを拒み得なかつたことは公知の事実でありしかも陸軍は本件土地に傷病兵の療養所を建設するということであつたので上告人は已むなく本件土地を右療養所敷地として国に寄附したものであるが右条件を附した趣旨は要するに陸軍が本件土地を右療養所敷地として使用しなくなつたとき、少くとも陸軍がこれを使用しなくなつたときは右土地等を寄附者である上告人に無償で返還して貰うというにあることはその文言からも極めて明らかであると思われる。勿論当時多くの人は漠然と陸軍がなくなるというようなことは夢想だにしなかつたであろう、しかし、それだからといつて右条件は陸軍の存続することを前提としたものであると断定するのは早計に失する、この場合にも上告人が本件寄附に条件を附した目的を考慮してこの目的達成のために更に右条件附寄附の効力が吟味せらるべきである、これこそ正に法律行為解釈の任務であつてこういう場合にこそ法律行為の内容を明らかにしその不備な点を補い表示行為の意味を明らかにするという法律行為の解釈の必要が生ずると思われ、若し寄附の当時上告人に対し将来陸軍がなくなつたときはどうなるかと反問したならばそれは勿論返して貰う尚更のことであると答えるに違ない、何んとなればこの場合上告人にとつて重要なことは陸軍が用途を廃止することでその理由ではない、上告人は本件土地等を陸軍療養所敷地として、少くとも陸軍の用途に使用するために且つその限りにおいてのみこれを国に寄附したのであつて若し陸軍が右土地等を右療養所敷地として使用しなくなり或は少くとも陸軍の用途に使用しなくなつたときはその理由の如何にかゝわらずこれを返還して貰う趣旨で寄附したものであると解するのが当事者の意思に最も合致した解釈であると信ずる。

なお原判決は「当時何人も陸軍がなくなるというようなことは夢想だにしなかつたところ」であると前提してこの事実を根拠として前記結論を導いているのであるが右前提は一面真実であるが他面甚だしく事実に反する。成程当時多くの人は漠然右のように考えていたであろう、しかしこれらの人もひそかにその考え方の極めて非歴史的非科学的であることを反省していたことも事実であつて、当時においても文字通り神州不滅を信じていたものはそう多いわけでない、従つて原判決の解釈は誤謬乃至非合理的な事実を前提とするもので正当な解釈ということができないと思われる。

要するに原判決は法律行為の解釈を誤つた違法がある。

第二点 原判決は本件土地等が終戦後大蔵省の所管となりその後厚生省に移管され陸軍省廃止後引続き国立鳴子分院の敷地として使用されている事実を認定してこの事実に「先きに認定した諸般の事実を綜合する」と上告人主張の条件はその後の事情の変更により国が用途を廃止した場合と解するのが相当であると判断しているけれども「先きに認定した諸般の事実」を一つ一つ検討してこれを認定事実と綜合しても(原判決七枚目表二行目から裏四行目までの六つの事実御参照)原判決の右結論を導きだすことは全然不可能であり原判決はこの意味において理由不備の違法かある。

第三点 原判決は上告人主張のとおり条件が成就したものとしても本件土地等は公用財産になつており公用財産は譲与することができないから上告人の本訴請求は失当であると説明しているしかし上告人主張のとおり条件が成就したとすれば被上告人は公用財産たることを解除してこれを上告人に返還する義務かあると解するのか正当である、一面有効に条件の成就したことを認めながら他面本件土地等を公用財産に編入した当の被上告人が本件土地等は公用財産であるといつて上告人の債権的請求(上告人は原審において予備的にこの請求をしている)をも拒否し得ることを認めるのは甚だしく反道義的であると評せざるを得ない、原判決は法律の解釈を誤つた違法がある。

以上

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